第二話:あこがれのヒーロー、ヒロイン
マスターは、カーテンで仕切られた小さな厨房でナポリタンを料理中。
わたしがとりあえずで頼んだ生ビールを丁寧に注いでくれたあと、少しお時間いただきます、と入ってからしばらくたっている。
大きめのグラスのクリーミーな泡からこぼれてくる琥珀色。YONA YONA ALEという、はじめて聞いた銘柄の生ビールはとても美味しい。ちょっとしたぜいたくが、もうかなってしまった気分。
わたしだけしか客のいない店内を、見渡してみた。
1年以上まえにさんざん飲んでから来たBarだったから、実は、ナポリタン以外の印象が残っていなかったのだ。マスターが厨房から出てくるまでに確認しておきたい。
10…15人も入ればいっぱいになりそうな小さなお店。明るすぎず暗すぎない照明がちょうどいい感じ。カウンターの向こうにはいろんなカタチの、見たこともない酒瓶がいっぱい並んでいる。厨房と反対側の壁には小さなTVがあって、サッカーの試合が音声なしで流れている。
…炒める音が聞こえてきた。
このBarのナポリタンを教えてくれた、加沢くんのことを思い出す。
卒業制作を一緒につくった仲だ。
わたしも加沢くんも、見上げるくらいの立像をつくりたくて、おまけに単体では足りないって考えていた。ふたりで組めば一体の完成度をあげられるし、並べることができると意気投合したのだ。
なにをつくるかで、半月もめた。
わたしは、金剛力士像のような力あふれる立像をつくりたかった。一体だけじゃ、物足りないでしょ?
加沢くんは、なんと女子プロレスラーを考えていた。たしかに二体あったほうがいいだろうけど。
半月のあいだ、学校でも学校の外でも話して話し合った。そして、あこがれのヒーロー、ヒロインを立像にして組み合わせることになったのだ。
わたしたちの理屈はこうだ。
人の身体は、そのラインは、とても素敵でそれは内面からもあらわれるもので、見る人は意識しようとしまいとそれを感じる。たとえへちゃむくれでも、あふれる心の強さがあれば見る者を圧倒させる。それを端的にあらわす存在があるとすれば、それは、ヒーローでありヒロインにちがいない、と。
わたしがあこがれたヒーローは、パッと見て普通の人とそう違わない。しめるところはしめているだろうけど、それとわからせるようでは二流。だけど、内からにじむ鉄のような意志は隠せない。立ち振る舞いからにじみ出るように伝わってくる、その一瞬を封じ込めた立像をつくりたいと考えた。
加沢くんがあこがれたヒロインは、女性らしい女性だった。もちろん、きゃしゃではない。しなやかで、誰にも頼らず自らの手で未来を掴む力を持っている。ただ、その憂いた瞳に気づいてしまうと人は目をはなせなくなってしまう、そんなヒロインだった。
…わたし、いま、たぶん顔が赤い。アルコールだけのせいじゃないな。
わずか2年ほどまえのことなのに、ずいぶんと懐かしく思える。
あのころは若かった、なんて感慨は笑われるだろうか。
言えるものなら言ってやりたい。
もっともらしい言葉を並べているだけの漠然としたテーマ設定だと。
それじゃ苦労するよ、と。
問題は、起こるべくして起きたのだ。
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