第三話:センチメンタルな秋
卒業制作にかけられる時間はありそうで意外になくて、なにをつくるか半月ほどとりとめなく話していて気がつくと、まわりはみんな真剣にとり組んでいて心配されたほどで、ヒーローとヒロインの立像をつくることに決めたのはあわてたせいでもあって、つまり、わたしも加沢くんも、いいかげんで調子のいい学生だったということで…。
いや、ごまかさずに言葉にしてみよう。
ひとりでBarに入って、ちょっとしたぜいたくをしているような夜に、言いつくろってもしかたない。
…わたしは、加沢くんと話していた時間が楽しかった。
卒業をひかえるまで学生していたというのに、創ることについて、わたし自身の言葉で深く話し込んだのはそのときがはじめてだった。加沢くんの視点はおもしろくて、話を聞くのも、わたしの考えを伝えるのも、楽しくてたまらなかった。加沢くんとの時間をすぐに終わらせたくなかった。テーマが決まりかけるたびに、そんな安易なことでいいの?なんてことを言ってちゃぶ台をひっくり返したのは…わたしだった。
けれどわたしは…わたしをごまかしていた。
あくまで卒業制作のためと言い張って、思い込んで、考えないようにしていた。
加沢くんには彼女がいて、わたしにもつきあってる人がいたから、そうとでも言わなければいろいろおさまらなかったのだ。
…ふふっ。ちょっと感傷的になってるな。
ビールをひとくち飲む。
制作は、難航した。
あこがれのヒーロー、ヒロインをイメージで語って、既成のものを否定するのはたやすかったけれど、いざ形にしようとすると手が動かなかった。世の中にたくさんいるヒーローやヒロインが、タイツやフリルにマスクやマントのような記号で構成されていることの意味を思い知ったのだけど、言い張った手前、引っ込められなかった。
ふたりして毎日のように遅くまで教室にのこり、ひたすらつくっては壊すをくりかえした。思ったことを言い合って、行き詰まったあげく、体のラインがわかるような服でおたがいにモデルまでして、ヒーローとヒロインの形をつくっていった。
誓って、一線は越えていない。ここにきてとりつくろったりはしない。けれどわたしでも、彼氏が女子とそんなことをしていたら頭に血がのぼっただろう。逆もまたしかり。どんな説明も、ごまかしているようにしか聞こえなかっただろう。
それに、もしあのまま見つからなかったら…という後ろめたさが、わたしに見え隠れしたのかもしれない…。
ようやく形をなしていたヒーローとヒロインの立像は、打ち倒されて教室の床一面に無残な姿をさらすことになった。締め切りの3日前のことだった。
「どう…されました?」
フォークをいれたカトラリーケースを持ったマスターが驚いて見つめている。
知らないうちに涙を浮かべていたようだ。あわててぬぐう。
マスターはだまってケースを置き、厨房に戻って湯気の立つできたてのナポリタンを持ってきてくれた。懐かしいような匂いでとてもおいしそうなのに、なんだか胸がつまって食べられそうにない…と思ったら、おなかが鳴った。もうわけがわかんないよ。
「しょ、食欲の秋…です」
「センチメンタルな秋、ですね」
ナポリタンよりも顔を赤くしたまま黙々と食べた。食べながら、お店に入ったときのマスターの言葉を思い出していた。
<次のお題で最終話です…▼>