第四話:寒い日に食べたい、あったかーいものとサンタクロース
これはhatenaの今週のお題を用いた物語の最終話です。
時間がかかってしまったため、先週の「寒い日に食べたい、あったかーいもの」と今週の「サンタクロース」の両方を使いました。
第一話「ちょっとしたぜいたく」、第二話「あこがれのヒーロー、ヒロイン」、第三話「センチメンタルな秋」からの続きです。
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少しの甘さと少しの酸味のケチャップ味。ウィンナーにピーマン。ごく普通にみえたシンプルなナポリタンはとても美味しくて、ちょっとしたぜいたく気分が満たされた。
ビールのおかわりを頼んでから、一年以上まえに一度来たきりのわたしのことをどうして覚えていたのか、聞いてみる。
マスターはすこし思案げな表情をつくってから答えてくれた。
10日前、わたしの大学の卒業アルバムを見る機会があったばかりで内心とても驚いていたこと。
そのアルバムは加沢くんに見せてもらったこと。
加沢くんは、給料日の25日には必ず顔を出すだけでなく、新宿界隈で飲み会があったあとにも立ち寄るほどのなじみの客になっていたこと。
「加沢さんとは卒業制作を共同でつくられたと聞きました。
“あこがれのヒーロー、ヒロイン”の立像の写真、見せてもらいましたよ。
体中に白い包帯が巻かれていたのに、力強さが感じられました。」
加沢くんは、事情までは、話さなかったみたいだ。
立像の大半をおおった包帯。
それは、砕かれてばらばらになった部分をなんとかつなぎあわせ、隠すために思いついた苦しまぎれだった。
けれど皮肉なことに、その姿はわたしたちも驚いたほどの存在感をまとっていて、思わぬ評価をもらってしまった。
もちろん浮かれた気分にはなれず、周りからいい言葉をもらうほどにわたしも加沢くんも押し黙ってしまい、完成したら乾杯しようと言い合った約束も果たされないまま、卒業を迎えた。
入った会社にも評判は届いていて話の種になったけれど、わたしが話題にのらなかったせいでほどなく誰もふれなくなった。
…気軽に呑みに行こうと言える同僚のいない今をまねいたのは、わたしの態度からだったんだ。一年以上たって気がつくなんて、どうしようもない…。
いや、違う。またごまかそうとしてる。
今夜こんな気持ちになったのは、心が黙っていられなくなったからだ。
本当は。気がついてた。けれど知らないふりをして、目をそらして、仕事に没頭した。
初任給がでてゼミのみんなで集まった飲み会のあと、加沢くんがこのBarへ連れてきてくれたのは、できなかった乾杯の約束を果たしてくれただけ。
それ以上のことじゃなかったことに…気がついてた。
ずれた給料日なんて、言い訳にすぎなかった。ぜんぶ嫌になって、遠ざけていたんだ。
ナポリタンを食べ終えたときの幸せな気分は消えて、また胸がつまる。泣いちゃいけないと心をしずめ、顔をあげると、マスターと目があった。
「また、センチメンタルな秋になっていますね。」
どこまでもごまかそうとする自分にあきれる。
涙はとっくにあふれていた。
・ ・ ・
ひとしきり泣いたあと、お水をもらって、カウンターの向こうがわに並ぶいろんなお酒の瓶をぼんやりと眺める。
「なにか、飲まれますか?」
すこし迷ったけど、今日は帰ることにした。
泣いてしまったことを謝って外に出る。
マスターは、すっきりされたならなによりです、と言ってくれた。
澄みわたった秋の夜空。ときおり冷たい風がまじりはじめている。
「寒い日に食べたい、あったかーいものって、なに?」
立像をつくっていた冬の夜、加沢君に聞かれた。
考えたあげく「すきやき」とこたえたけど、今ならわかる。
あったかいものを一緒に食べる人がいたら、きっとどんな食べ物でもいいんだ。
まずは会社の人と距離を縮めるところから始めよう。
大学の友達にも連絡をとろう。
一年以上かけて、ひとりでいる寂しさを心から理解したから。
そして、あのBarにも行ってみよう。
今月の下旬は出張の予定が入ってるからムリだけど、来月の12月25日なら。
その日なら、サンタクロースが幸運を贈ってくれるかもしれない。
<了>